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会長挨拶

十日町市中魚沼郡医師会 会長 富田 浩

十日町市中魚沼郡医師会
会長  富田 浩

医師会長3期目就任のごあいさつ

 いわゆる団塊の世代が75歳以上となる2025年での、医療・介護・社会保障の危機が叫ばれて久しいですが、私たちが住む妻有地区では、高齢化率40%にも迫る高齢化社会がすでに到来しています。まさに2025年問題を先取りした状況にあるわけです。この先、当地区の医療や介護を必要とする人口は一定数に達するとの見込みもありますが、とくに高齢者夫婦世帯や単身世帯の増加により、医療や介護を受けるための支援を必要とする人たちは確実に増えて行くことでしょう。しかし、近年当地域では医療と介護の、需要と供給のアンバランスが大きな問題となって参りました。もともと全国でも有数の医師不足に加え、看護師不足による地域病院の慢性期病床の閉鎖、介護職員の不足による施設運営の困難など、医療と介護の供給不足がすでに具体化しております。当医師会では、これまで多くの機会でこのような現状に警鐘を鳴らして来ましたが、少ない医療資源をより有効に活用するためには、在宅医療の推進とともに、医療機関同士の連携、医療と介護との連携、そして行政との連携が不可欠と考え、昨年4月より行政の皆さまのご支援を得て、医師会内に「つまり医療介護連携センター」を開設いたしております。同時に、このような状況のもと、「住み慣れた地域で、いつまでも自分らしく」暮らしていくためには、地域住民の皆さま一人ひとりが現状を理解し、未来のことを考えて行動することが重要であるとの思いから、さまざまな啓発活動を行っております。平成29年3月21日には、多くの地域医療・介護・福祉を支える多職種の協同で企画され、たくさんの地域の皆さまにお集まりいただき、「みんなでつくる医療・福祉フォーラム~いつまでも自分らしく、ここで暮らすために~」が開催されました。ここに、『みんなでつくる医療・福祉フォーラム宣言』を掲載して、医師会長3期目就任の挨拶に代えさせていただきます。今後とも皆様からのご指導とご協力を、よろしくお願いいたします。


みんなでつくる医療・福祉フォーラム宣言 (2017.3.11)
  • 妻有地域は、四季折々の美しい自然に恵まれ、文化・伝統・食などの素晴らしい多くの宝物があり、人と人とが強い絆で結ばれ、地域を守り続けるという意志と力を持っています。
  • しかしながら、この地域は豪雪、山間地、少子高齢化による人口減、安心して暮らすための医療や福祉を支える人材も少なく、将来に不安を感じています。
  • それでも、私たちは、この地域でいつまでも自分らしく活き活きと暮らし続けることを強く願っています。
  • そのため、本日、より良い医療と福祉が提供できる地域を目指し、ここに住む私たちは何ができるのかを一緒に考え、実行していくことを宣言します。
  • 沿革

    1947(昭和22年) 11月1日 県認可のもと、社団法人中魚沼郡医師会として発足(会員数38名)。
    会長 鈴木 智(新潟県立十日町病院)副会長 勝又 武夫(勝又病院)
    1949(昭和24年) 会長 鈴木 智(新潟県立十日町病院)
    副会長 丸山 良八(丸山医院)
    日本医療団十日町病院が県立十日町病院として開設(創立:昭和19年)
    倉俣診療所開設
    1950(昭和25年) 上村病院が財団法人上村病院として開設(創立:昭和13年)
    1951(昭和26年) 池田医院開設
    1952(昭和27年) 会長 鈴木 智(新潟県立十日町病院)
    副会長 丸山 良八(丸山医院)
    組織変更により橘病院が厚生連橘病院として開設(創立:昭和9年)
    組織変更により中条病院が厚生連中条病院として開設(創立:昭和13年)
    1954(昭和29年) 会長 丸山 良八(昭和29年9月死去)
    副会長 森田 敏夫(森田医院)
    十日町市誕生(十日町、中条村、川治村、六箇村が合併し市政施行)。
    合併に伴い「社団法人十日町市中魚沼郡医師会」と改称
    9月 会長 森田 敏夫(森田医院)
    副会長 山口 亮松(山口医院(十日町))
    山口医院(下条)開設
    1956(昭和31年) 会長 三谷 実代松(三谷医院)
    副会長 山口 亮松(山口医院(十日町))
    橘病院が川西町国保直営診療所となる
    水沢村・中里村の国保貝野直営診療所組合設立
    1957(昭和32年) 小・中学校嘱託医制に協力
    川西町誕生(千手町、上野町、橘村、仙田村合併)
    1958(昭和33年) 会長 三谷 実代松(三谷医院) 副会長 登坂 清(登坂眼科医院)
    至誠堂医院開設
    富田医院開設
    桂味医院開設
    田中外科医院開設
    1959(昭和34年) 予防接種事業・乳幼児健康診査制度設立に協力
    1962(昭和37年) 会長 三谷 実代松(三谷医院) 副会長 登坂 清(登坂眼科医院)
    県立十日町病院附属准看護学院が当医師会運営となる
    1963(昭和38年) 会長 三谷 実代松(三谷医院) 副会長 登坂 清(登坂眼科医院)
    11月 川崎医院閉院
    津南郷立大割野病院が町立津南病院として開設(創立:昭和16年)
    1965(昭和40年) 会長 三谷 実代松(昭和41年7月死去)
    副会長 登坂 清(昭和41年5月死去)
    県立十日町病院附属准看護学院が県病院局運営となる
    産業医講習会始まる
    1966(昭和41年) 会長 登坂 行雄(至誠堂医院)
    副会長 山口 誠士(山口医院(下条))
    県立十日町病院が救急病院告示
    厚生連中条病院が救急病院告示
    1967(昭和42年) 魚沼地域胃集検診協議会の設立に協力
    厚生連中条病院が精神科開設
    1968(昭和43年) 会長 池田 定夫(池田医院) 副会長 富田 三郎(富田医院)
    1969(昭和44年) 二市三郡医師会連絡協議会発足
    1970(昭和45年) 会長 庭野 九一(庭野医院) 副会長 大島 義隆(大島医院)
    1972(昭和47年) 会長 登坂 行雄(至誠堂医院) 副会長 金子 典(金子医院)
    休日在宅当番医療事業に協力
    1973(昭和48年) 会長 高木 四郎(高木医院(外丸))
    副会長 富田 三郎(富田医院)
    財団法人上村病院が救急病院告示
    1975(昭和50年) 会長 高木 四郎(高木医院(外丸))
    副会長 富田 三郎(富田医院)
    第1回産業医研修会開催
    1977(昭和52年) 会長 富田 三郎(富田医院)
    副会長 山口 誠士(山口医院(下条))
    1979(昭和54年) 会長 富田 三郎(富田医院)
    副会長 山口 誠士(山口医院(下条))
    1981(昭和56年) 会長 山口 誠士(山口医院(下条)) 副会長 林 偉賢(桂味医院)
    1983(昭和58年) 会長 林 偉賢(桂味医院) 副会長 登坂 健二郎(登坂眼科医院)
    事務所移転(十日町市千歳町3丁目3番 十日町保健センター3階へ)
    1984(昭和59年) 肺がん検討委員会の設立に協力
    小千谷総合病院附属十日町診療所開設(人口透析開始)
    1986(昭和61年) 会長 登坂 健二郎(登坂眼科医院) 副会長 大島 義隆(大島医院)
    会報「千歳台」創刊
    県立十日町病院附属准看護学院閉院
    新潟県労働衛生医学協会付属十日町検診センター開設
    1987(昭和62年) 会報千歳台を「つまりぽーと」に改称
    古藤医院開設
    大坪医院開設
    庭野医院開設
    1988(昭和63年) 会長 大島 義隆(大島医院)
    副会長 山口 昭士(山口医院(十日町))
    特別養護老人ホーム「三好園」開設
    1989(平成元年) 会長 登坂 健二郎(登坂眼科医院)
    副会長 大島 義隆(大島医院)
    1月7日 昭和天皇崩御。年号が平成となる
    1990(平成2年) 会長 山口 昭士(山口医院(十日町))
    副会長 川崎 信夫(川西町国保診療所)
    老人保健施設「レインボーヴィラ清津」開設(財団法人上村病院併設)
    長山医院開設
    十日町市新水へき地診療所閉院
    1991(平成3年) 大熊内科医院開設
    1992(平成4年) 会長 山口 昭士(山口医院(十日町))
    副会長 上村 晃一(上村病院)
    県立十日町病院がへき地中核病院に指定、巡回診療開始
    1993〈平成5年) 川西町国民健康保険診療所新築移転
    中条病院下条診療所閉院
    1994(平成6年) 会長 上村 晃一(上村病院) 副会長 池田 透(池田医院)
    老人保健施設「みさと園」開設
    特別養護老人ホーム「あかね園」開設
    田中外科医院閉院
    丸山医院閉院
    1996(平成8年) 会長 古藤 恭生(古藤医院)
    副会長 中山 康夫(厚生連 中条病院)
    5月21日 十日町広域圏地域産業保健センター設立
    センター長:古藤 恭生 コーディネーター:佐藤 英一
    田中外科医院再開
    川西町仙田出張診療所閉院
    1997(平成9年) 会長 藤巻 定則(藤巻第二医院) 副会長 庭野 行雄(庭野医院)
    創立50周年記念にあたり記念誌発刊
    2000(平成12年) 会長 庭野 行雄(庭野医院)
    副会長 山口 孝太郎(山口医院(下条))
    介護保険スタート(担当理事 上村 晃一)
    2002(平成14年) 会長 山口 孝太郎(山口医院(下条))
    副会長 大熊 達義(大熊内科医院)
    2003(平成15年) 2月 ホームページ開設(広報担当理事 高橋 修一)
    2004(平成16年) 会長 大熊 達義(大熊内科医院)
    副会長 高橋 修一(本町クリニック)
    10月23日 午後5時56分「新潟県中越地震」発生
    (十日町市・津南町で最大震度6強を観測)
    2005(平成17年) 4月 市町村合併に伴い「十日町地域産業保健センター」に名称変更
    2006(平成18年) 会長 高橋 修一(本町クリニック)
    副会長 田中 陽一(田中外科医院)
    事務所移転(十日町市本町2丁目 十日町市役所 本町分庁舎2階へ)
    7月 あべ小児科クリニック開院
    2007(平成19年) 3月 「新潟中越地震 震災の記録」発刊
    2008(平成20年) 会長 田中 陽一(田中外科医院) 副会長 富田 浩(富田医院)
    藤巻第二医院閉院
    2010(平成22年) 会長 池田 透(池田医院) 副会長 富田 浩(富田医院)
    おおふち眼科法人化
    4月 十日町地域産業保健センターは新潟県医師会の傘下に入り「新潟県医師会十日町地域産業保健センター」と名称変更
    新潟県における地域医療再生計画に基づき東京慈恵会医科大学付属病院並びに独立行政法人国立病院機構東京医療センターより臨床研修2年生の地域医療研修の受入開始
    2011(平成23年) 12月 あべ小児科クリニック閉院
    2012(平成24年) 会長 富田 浩(富田医院)
    副会長 池田 透(池田医院) 山口 義文(山口医院)
    財団法人上村病院から「一般財団法人上村病院」へ名称変更
    9月 登坂眼科医院閉院
    2013(平成25年) 4月 法人改革制度により「一般社団法人十日町市中魚沼郡医師会」と名称変更
    4月7日 休日救急医療センター(国保川西診療所にて)開設。従来の在宅当番医制と併用してスタート
    6月 一般社団法人へ移行のため役員改選。
    会長 富田 浩(富田医院)
    副会長 池田 透(池田医院) 山口 義文(山口医院)
    理事 河野 充夫(県立十日町病院) 登坂 尚志(国保松之山診療所)
       上村 斉(上村病院) 関 真人(せき整形外科)
       浅田 一幸(あさだ皮フ科)
    監事 小林 次雄(小林内科医院) 林 裕作(町立津南病院)
    新潟県立十日町病院改築事業が平成25年度着工及び平成27年度部分開院を目指し工事開始
    2014(平成26年) 4月 十日町地域産業保健センターは、県医師会から独立行政法人 労働者健康安全機構 新潟産業保健支援センターが管理することとなる
    2015(平成27年) 2月27日 十日町市国民健康保険室野診療所、十日町市国民健康保険倉俣診療所 休院
    3月 新潟県における地域医療再生計画に基づく地域医療研修事業の終了。
    引き続き、4月より十日町市からの補助金を受け臨床研修医の地域医療研修の受入れを継続。
    2016(平成28年) 4月 新潟県と十日町市の委託を受け「つまり医療介護連携センター」(センター長 山口義文)を設立
    医療と介護の情報共有システム「つまりケアネット」稼働開始
    町立津南病院 訪問診療、訪問看護ステーション開設・地域連携室開設・療養病床52床の休床
    厚生連中条第二病院は、中条病院と統合
    6月 会長 富田浩(富田医院)
    副会長 山口義文(山口医院) 田中陽一(田中外科医院)
    2017(平成29年) 1月 介護老人保健施設きたはら 100床から80床に縮小

    定款


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